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2011/08/09

ラオスーべトナム国境越え

ラオスのビエンチャンからべトナムのフエまで国際バスで移動です。


約20時間。


この旅最長の移動時間。


未知の国べトナムへの長い道のりスタートです。


ビエンチャンのゲストハウスを夕方五時半に出発。


バスターミナルで待たされること小1時間。


七時にバスは出発しました。


今回乗ったバス。


このバス実はスリーピングバスで横になって寝れる。


前から見るとこんなかんじ。


こいつがけっこう快適でかなり寝れた。


朝の六時ぐらいにボーダーに到着。


バスのやつが乗客みんなのパスポートを集めだしおれたちもとりあえず提出。


これが失敗。


意味のわからない一人3ドル徴収される。


まあ気にせず国境を越えることに。


ばいばいラオス。


こんにちはべトナム。


無事三か国目べトナム入国完了。


こっからまたバスでフエまでいきます。


今回の最長時間移動やったけど結果からいって楽勝。


スリーピングバス快適です。


国境はめんどうやけど、だいたい国境ってこんなもんでしょ。(と思い込む。)


さあこれからあまりいいうわさを聞かないべトナムです。適度に気を引き締めて進みたいと思います。


本日の嫁の一言
20時間なんてあっという間だよ。
そして国境越えもあっけない。

2011/08/08

ビエンチャン

バンビエンからバスで四、五時間ラオスの首都ビエンチャンに到着。


このまちも前に一回きたことあるまちだ。


首都といえばいくら途上国といえどもおおきな都市を想像すると思うけど、さすがラオス。


しらないとここが首都とはわからないぐらいのミニマムサイズ。


でもところどころには首都を思わせるとこあります。



ラオス版凱旋門。フランスのやつを模しているらしい。


天井も装飾あり。



パリ同様上れます。上からの景色はすばらしい。


ここでもバイクをかりてちょっとだけ離れた寺へ。


金色に塗りたくられた寺。(輝きはあまりなし。)


二人で記念撮影。(完全に逆光)


寺の裏にほったらかされている寝ブッタ。


観光名所はバイクかりれば半日で見終わるかんじ。



まち歩き中に見つけた家。木が生え過ぎ。


ちょっとジブリにでてきそうな家。


昔フランス領だったせいか建物とかカフェとか意外とっていったら失礼やけどオシャレです。



泊まったゲストハウスのベランダ。けっこうオシャレ。



なぜか食べてなくてビエンチャン最終日にめちゃめちゃうまいことが判明したやきとり。


川沿いでほお張る嫁。




メコン川で黄昏れてみる。


ラオスはメコン川からはいってメコンにお別れ。


またべトナム南部で再会できるけど。とりあえずメコンばいばい。


ここからいっきにべトナム中部のまちフエまでいきます。フォー食うぞ。


本日の嫁の一言
なんだか落ち着くまちだった。
なぜならこのまちを流れるメコン川が遠賀川に似ていたから。。。

2011/08/05

バンビエン



21歳のころ一度訪れたまち。


当時はほとんどの道が舗装されてなくてゲストハウスやレストランも300メートルぐらいのメインストリートにあるだけでほんとにのどかなまちだった。


結局十日ぐらい長居してしまいルアンパパーンまでいけなかった程だった。
(このときはバンコクからビエンチャンにはいりラオスを北上するっていう今回とは逆のルートだった。)


そのすごしやすいのどかなまちをめざして出発。


ルアンパパーンからは山道を六時間。けっこう過酷な移動だった。


疲れた分バンビエンの期待は大きく、胸踊らせておりたった。


しかし、おれの知っていたころのバンビエンはそこになかった。


舗装された道、4、5階立てのゲストハウス、大人数がはいれるレストラン。


はじめ自分の記憶が間違いかと思う程、変わり果てたバンビエンがあった。


欧米人が大挙して訪れ、お金を落としていく。そしてより多くのツーリストを受け入れる為にまちは拡大していく。


まちの人々の暮らしはきっとゆたかになっているんだろう。


この感情はツーリストのエゴ以外なにものでもないのは解っているんだけどやっぱちょっとさみしい気持ちになった。



ちゃんと中央分離帯もあるメインの通り。これでも十分田舎に見えるでしょうが、昔はもっといい感じだったんです。


でもやっぱバンビエン。ちょっとメインを離れるとまだまだローカル感いっぱい残ってました。





未舗装の道。空がでかい。



川と山。


こんな橋が何本架かってます。


河原で犬と遊んでいた子供達。



夜めしにチキンの丸焼き。欧米人が多いのでラオス料理より洋風のレストランが多い。


みんなでかぶりつき。



翌日、あきくんとバイク2ケツでブルーラグーンと洞窟へ行くことに。


途中雨が降り出して雨宿りさせてもらったり。


ウシの移動で足止め食らったり。


ブルーラグーンがぜんぜんブルーじゃなかったり。


洞窟の入り口までがすでに過酷だったり。


内部はけっこうマジの洞窟。


最初はショックからはじまったバンビエンだったけど、最終的にはけっこう満足。


月日とともにまちも発展していくっていうのを肌で感じられて良かったかなと。


本日の嫁の一言
現地の人より欧米人を多く見るまちだった。

2011/08/03

ルアンパパーン

スローボートでルアンパパーン到着。


ここは街が世界遺産に登録されているみたいです。


なんかオシャレな店が多い。ここは本当に東南アジアの山奥の街か?って思わせるレベルでオシャレだ。



なんかヨーロッパ調?


雑貨屋さん。


色使いが絶妙。


まちのなかにはお寺がたくさんあって交通量はちょっとあるけどまあのんびりした雰囲気。


プーシー山にのぼる階段。けっこう長い。


頂上からまちが一望できます。



高いところでポーズ。


たまたま前を通った本屋さんでステンシル教室やっとって、さわこが挑戦。


やり方を教わる嫁。


なかなか上手にいったみたいです。(四時間かかったけど。)


夜はメインの通りがナイトマーケットになります。


民族っぽい雑貨やアクセサリーがいっぱい。


マーケット近くの屋台。ワンプレートにのせ放題。


ゲストハウスにもだいたい貼り紙があって日本語の先生をボランティアで募集してる人がいて行ってみることに。


これがそのはりがみ。


サン先生って人がいるらしい。



早くつきすぎて子供達とちょっと遊べた。みんな元気いっぱいでカメラにポーズ。


実際の日本語教室はというとすごくいい経験ができた。


ラオスの人たちの一生懸命日本語を勉強しようとする姿勢に驚いたし、23歳という若さでボランティアで日本語を教えるサン先生。


サン先生もけして完璧な日本語ではないのに彼は教える事が同時に自分の勉強にもなると言っていた。


生徒にも、先生にもいい刺激がもらえて、すごく楽しくて充実した時間をすごせた。



先生になったおれ。


サンとミートゥーとおれたち。


学校終わってからみんなでごはん。


ルアンパパーンはいいことばっかで好きなまちになった。


またいつか戻ってきて学校手伝いたいなぁ。



本日の嫁の一言
学校っていいな。勉強っていいな。ルアンパパーンっていいな。

2011/08/01

タイからラオスへ

チェンマイをでてチェンコーンにきました。


チェンコーンからラオス側のまちフエサイへむかいます。


ここチェンコーンで前にカンチャナブリーであったあきくん&まゆちゃんと合流。


ちょこちょこ連絡とりあっとってラオスにはいる日が近かったんで一緒に行こうかって流れです。


チェンコーンとフエサイのボーダーはメコン川です。


ボートにのって国境こえます。


タイの出国手続きをすませボート乗り場へ。



けっこうボロ目のボートにのります。



対岸はラオス。すぐつきます。


ラオスの入国手続きすませフエサイからルアンパパーンへ行くためにちょっとはなれた別のボート乗り場へ。


ぼくらはフエサイには滞在せずそのままルアンパパーン目指します。


一泊二日のボート旅。 


一泊って言ってもボートの上じゃありません。途中のまちに泊まります。




こんなボート。ちなみにこれはスローボートでこの他にスピードボートってのがあります。


スピードボートは競艇のボートみたいにはやくて六時間でつきます。しかしかなり危険らしくタイ人がデンジャーって言ってたんでほんと危ないんだと思います。
(乗ってる人はヘルメットとライフジャケットでほんと競艇みたい。)



スローボートはというと。



おれに足下に外人さん寝てます。


ちょこちょこ止まって物売りの子供達があらわれます。


そうユルいんです。旅情があるのは確実にこっち。


途中一泊した山の中の小さなまち。



朝散歩してたら市場がひらかれてた。


メコン川の雄大な景色。


一泊二日のボートでの移動。


ちょっとつかれたけどなかなか貴重な経験でした。


無事ルアンパパーン到着。


本日の嫁の一言
移動中 酔い止め効果で ほぼ爆睡