ラベル カンボジア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル カンボジア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011/08/26

シャムリアップ2

なんだかんだ一週間も長居してたシェムリアップ。


アンコールワットの他にもいろいろ見て回りました。



トンレサップ湖


水上生活をしている人たちがいます。


家が浮いてます。


ここは土地代がいらないらしくて貧しい方々が住んでるらしい。



教会もあります。


学校もあってちょっとよらせてもらいました。


子供たちはやっぱどこでも元気。


地雷博物館にもいきました。


ここは元々アキラさんっていうカンボジア人の方が自分で撤去した地雷を展示していた博物館で現在は場所を移してカナダの団体がサポートしているらしいです。



このアキラさんの話しがマンガにもなっててかなり衝撃的な内容です。


これまで六万個以上撤去しているらしい。


別の日にベンメリアって遺跡もいきました。


ここはうわさでラピュタのモデルって言われてるらしい。


モデルってとこは世界各地にあるらしいけど。


うわさの真意はともかく、この遺跡を見てラピュタを連想するのはわかる気がした。


ここは発見時からほとんど手をつけてないらしくありのままの遺跡。






たしかにラピュタっぽい。


今回のシャムリアップ滞在はかなり楽しめた。


また機会があればこよう。


本日の嫁の一言
遺跡もあり、おいしいご飯もあり、素敵な笑顔あふれるカンボジアさいこー!

2011/08/24

シェムリアップ1

プノンペンからアンコールワットのまちシェムリアップにきました。


なにはさておきアンコールワット。


嫁が東南アジアで一番楽しみにしていた場所です。


ワンデーツアーでいろいろ見て回ったんで写真でどうぞ。


サンライズを見にいったけど曇っていて見れず。

でも朝のこの感じは好きです。


外堀から入り口へつづく橋。


内部の中心へつづく道。


外側のの回廊。


ちょっと休憩。日中はかなり暑い。


回廊はレリーフが埋め尽くす。


宇宙の中心とされていたバイヨン。


もうちょい寄るとこんなかんじ。


さらによると顔があるのわかります?


限界までよって記念撮影。


植物に浸食されている遺跡、タ・プローム。


遺跡の上にはえてる木。


これはタ・プロームじゃないけど木がすごかった。


まじ神秘的。


はりきって記念撮影。


ほかにもけっこうまわったけどアップしきれないんでこのへんで。


アンコールワットはやっぱすごい。


でかいし、かっこいいし、保存状態がいい。


おれは今回見たの二回目だったけどまったく色あせず感動があった。


やっぱ遺跡はいい。歴史のロマンを感じます。


そういえばどっか忘れたけど途中に見た遺跡の中で有名人に会いました。



アンパンマン。

クメール王朝時代から活躍されていたのですね。


本日の嫁の一言
人間ってすごい。
これをつくった文明もすごいし、後世に残そうと保存する現代の人々もすばらしい。

2011/08/20

プノンペン

四カ国目カンボジア入国しました。


首都プノンペンです。


べトナムのホーチミンから七時間程。


国境も問題なく越えてスムーズに到着。


昼過ぎに宿に着いたんで荷物置いてそのまま目的のあった博物館へ。


トゥール・スレーン博物館。


ポル・ポト政権時に大量虐殺のあった場所。


その数明らかになっているだけでも二万人。


そのうち二千人が子供だったという。


カンボジア、ポル・ポト、内戦、地雷。


みんなが知っているぐらいの知識はおれにもあって漠然とひどいことがあったんだってぐらいにしか思ったことはなかった。


目的の博物館って書いたけどプノンペンにきた理由とかではなくてルート上たまたまプノンペンがあったってかんじ。


教科書の中やテレビでの映像というフィルターを通して見ていた場所に直接行くことになった。


よく自分の目で見る絶景は写真とは比べ物にならないっていうけど、トゥール・スレーン博物館も絶景なんかとは逆の意味で比べ物にならない衝撃があった。



元々学校だったこの場所が収容所になっていたという事実。


遠目に見れば虐殺が行われた場所とはわからない。


通常学校にあるはずのない有刺鉄線でつくられたゲート。


監禁する為につくりかえられた教室内。


校舎の中に進んでいき拷問がおこなわれていた部屋にはいった瞬間吐き気の襲われ五秒とその部屋にいれなかった。


風の抜けないその部屋には三十数年たった今でも大量に流された血のにおいがのこっている気がして耐えられなくなった。


ひどいことなんてなまやさしい表現では到底及ばない程の惨劇がこの場所で実際におこなわれほんとにたくさんの命が奪われた。


事実にふれるということがこんなにも重たいものだとはじめて知った。


なぜこんな恐ろしいことができたのだろうとか、拷問の末殺された人はどんなにつらかっただろうとかそのときは考えることができなかった。


おれはただその場にのこるかなしみや狂気の残骸にふれ心が押しつぶされるような気持ちになっただけだった。





カンボジアではたくさんの笑顔に出会う。


みんな元気いっぱいだ。


日本人だとわかると、こんにちは!ありがとう!あじのもと!とかなりの確率でいわれる。


人の狂気が生んだ惨劇からたった三十数年。


ほんとに強い人たちだと思う。


暗い過去を持ちながら明るく生きているカンボジア人。


これから先もずっとカンボジアの人たちの笑顔が守られますように。



本日の嫁の一言
人間の恐ろしくて残酷ないきもの。
それでも人間として生まれてよかった。